女性活躍研修の第一歩はトレーナー選びから
少し以前の話になるのですが、記念すべき初回は、ぜひこの案件をとりあげたく、某大手総合商社での事例を紹介いたします。
以前、ある企業様から「一般職」である女性事務職の方々の研修をやりたい、というご相談を受けました。まだ当時、「ダイバーシティ」という言葉は世の中に浸透しておらず、その企業様は先駆けて専任の部署を立ち上げるなど先端の取り組みで、日経新聞などにも取り上げられていました。
希望される研修内容について詳しくお話を伺ってみると、対象は一般職のなかでも、「最上位階層」の方々です。勤続年数は20年以上、なかにはまもなく定年の方もいらっしゃる。異動もあまりないので、その部署では一番長く在籍するベテラン。上司より年齢も部署経験も“先輩”の方も多くいらっしゃるとのこと。
とても仕事ができて頼りがいがあり、「彼女に訊けば何でもわかる」と言われる存在の方もいらっしゃれば、やたら貫禄と威圧感があり、気軽に頼めない、訊けない雰囲気の方もいらっしゃる・・・
言葉を選ばずに言えば、ドラマなんかでは「お局さん」と称されそうな方々ですね。そのような方々に仕事や組織に向き合う姿勢を見直してほしい、というご依頼でした。
実は、エナッチでは、この階層の研修はこれまで多くの経験があります。
そこから言えることのひとつは、彼女たちは“ストロークハンガー”になっている、ということです。
ルーチンか、指示を受けての仕事が多く、「できて当たり前」、「やってもらって当然」、という扱いを受けて、自分たちのアウトプットにお礼を言われることもなければ、その後どのように活用されたのかなど“自分の仕事に対する価値”が見えない。
そんな“作業”を繰り返すうちに、入社した頃の志や動機、ワクワク感は薄れていき、マンネリ感に支配されていくのです。

エナッチからの提案には、そのような視点を折り込み、そして、「女性向け研修はトレーナーこそがKSF(成功要因)です」と力説いたしました。「女性は女性に厳しい」というと、性差別みたいですが、でも、失敗も含めて、確信しております。
女性の受講者は、女性のトレーナーが前に立った時に、まず、“品定め”します。聴く価値があるのか、なんぼのもんなのか、好きか嫌いか。(もちろん、男性にもその傾向はありますが、度合いが全然違います)
とはいえ、ロールモデルという期待も込めて、トレーナーは同性であることが期待されるため、トレーナーの人選による相性が、一番大切なのです。
極論、「“何を言うか”よりも“誰が言うか”が大切」というのが、女性社員向けの研修の鉄則です。
“プレイバックシアター”で素を引き出す
ご依頼いただいた際は、「考え方」と「トレーナー」だけをお客さまと握って、「どうやるか」という手法はお任せいただきました。その選ばれしトレーナーと相談して決めたのは、受講者される方たちは久々の研修できっと拒否感もあるだろうから、色々書かせたり発表させたりするスタイルはやめよう、アクションメソッドスタイルで、体感しながら学べるものにしよう、ということでした。
具体的には、プレイバックシアターという即興演劇の手法を取り入れることにいたしました。
予想通り、研修当日集まった彼女たちは、受付の段階から、
研修ではなく決闘に来たのかというような雰囲気で、きつい表情、つっけんどんな対応、研修開始前にも雑談や、ましてや談笑なんかは皆無でした。
トレーナーは、あとで、「ここまでトレーナーに対する敵対心を感じて挨拶したことはなかった」と話していました。

研修が始まり、椅子取りゲームみたいなことや、身体をつかった自然な自己開示、相互理解を重ねていくうちに、やっと、“通常の研修のスタート時”くらいの硬さには、ほぐれてきたかな、と思います。グループで呼吸を合わせ身体を使って模写したり、シンデレラを演じさせられたり、受講者の方々も次第に「何やらされてるかわからないけど楽しい」という雰囲気になっていきました。もちろん、こちら側には明確な意図があって、やっています。
彼女たちが、ストロークハンガーによってかぶった厚い鎧、仮面が次第に剥がれ、まさに、“初心”、いえ、“童心”に戻り、素の自分をさらけ出すようになるにつれ、
「自分が本来ありたかった自分の姿」を意識するようになってきます。
どんな人間関係を築きたかったのか、どんな存在になりたかったのか、どういう仕事、人生を歩みたかったのか・・・・。
そうなってくると、もともと、彼女たちの中にある「貢献欲求」や「協働意欲」は、もう、顔をのぞかせていて、それを、こちらはうまく引き出してあげるだけです。

研修の中で非常に印象深いことがありました。受講者の中にお一人、とても仕事ができそうな方がいらっしゃいました。髪はベリーショートで、とてもおしゃれで、テキパキしていて、見るからに他の受講者とは違う雰囲気で、
ちょっと近寄りがたいぐらいにスキのない方でした。
聞けば、役員秘書をやっていらっしゃったとか、なるほどね、という感じの方です。
研修の終盤、エンプティチェアというワークがあります。そこでは、1人ずつ、自分の生まれた頃から死ぬときまでを、ストーリーテリングしていただきます。この頃には、トレーナーが指名せずとも、「じゃあ、次やります」という主体性でどんどん順番は廻っていきました。その彼女も、かなり冒頭の方で挙手して、皆の前に進み出てくれました。
で、スタート。「私は愛知県の刈谷市で53年前に生まれました。
私が生まれてすぐに、1歳下の弟が生まれたのですが、弟は未熟児で身体が弱く、だから私は両親よりも祖母と過ごすことが多く、あまり面倒をかけてはいけないと・・・」
その先の言葉は聞こえてきませんでした。
かわりに聞こえてきたのは、彼女の嗚咽でした。
とても強そうで隙がなさそうな彼女の“理由”が、
会場にいるみんなに伝わりました。
彼女の“心の床の間”が開示されたような、素の彼女が出てきたのです。

会場では、もらいすすり泣きが、何人もから聞こえました。社歴30年ともなるまで働き続けている女性社員は、結婚退職が主流だった時代に20代を過ごしていて、世代的に、独身の方が多い傾向にあります。
彼女たちは、“寄りかかる”ことが苦手で、
くいしばり踏ん張っている方が多いです。
彼女たちが、“使いづらい”のは、彼女たちだけのせいではなく、むしろ、
周囲がそうしてしまっているのです。
この研修は、同社の人事制度が変更するまで、10年近く続けさせていただきました。研修後の受講者アンケートに
「長年、この研修を受講した先輩たちが、どうして人が変わったようになって戻ってくるのか不思議でしたが、今日自分が受けてみて、その理由がよくわかりました」
と書いていただいた時は、本当に嬉しかったのを、鮮明に憶えております。