「木を見て森を見ず」という言葉があります。
これは「目の前のものにだけ集中し、全体を見渡すことを忘れている状態、その結果、本質的なことを見誤り良い結果が得られない」という意味ですね。
誰もが知る有名な言葉ですが、実際、そうならないように注意しようと思っていても、
現実はなかなか難しく、後になってから、自分が「木を見て森を見ず」だったことに
気づきます。
最近、私が体験した「木を見て森を見ず」の例をご紹介します。
在宅ワークが増えたので自宅の仕事環境を改善しようと、いろいろな物を一気に
買い揃えました。加湿器、ミニヒーター、電気カーペット、パソコンも会社用と自分用に
2台置いてなど。
しかし、いざ買った物を自分の机に配置しようとしたら、電源は足りない、かつ物が置けるスペースが無くなるという事に気づき、以前よりも仕事がやり辛くなってしまいました。
買いたいものだけを考えて、自分の机の状態や実際に仕事をするシーンまでイメージが出来ていなかったのです。
この私の例は、ただの不注意みたいなところもありますが、こういった「木を見て森を見ず」は、仕事の場面でもたくさんあります。特に会社での仕事は内容そのものが複雑で、多くの人が関わり、これまでの経緯など様々なしがらみもあります。
業務を改善しようと対策してみても、思うような効果が出なかったり、逆効果になってしまったりということは決して珍しいことではありません。
今回のコラムのテーマは「システムシンキング(システム思考)」、何か問題があったら「木を見て森を見ず」ではなく、全体像をとらえながら、より効果的な対策を考えようという思考法です。これが身につけば、日常の仕事が改善できるだけでなく、お客様への提案力なども向上します。
システムシンキングとは 〜全体像から本質を見極める思考法〜
システムシンキングとは、問題や事柄について考えるとき、
「それが周囲とどう関わっているのか?」
「これまでにどんな経緯があるか?」
など、より大きな視点でそのものが組み込まれているシステム全体をとらえて考えるというものです。ここでのシステムとはコンピューターで動くシステムを指すのではなく、組織、プロセス、構造、階層といった、ある目的を持って集まった集合体を表しています。
たとえば、日常で使っているコンビニエンスストア、ここで働く人たちや売られている商品、それを買う私たちは流通という大きなシステムの中にいます。そして、そこの店員さんはコンビニを経営する会社の雇用というシステムの中で働いています。
また、店員さんがおこなうレジや商品棚の整理なども、やり方やルールが決められており、これもまたひとつのシステムと言えます。
私たちの日常にあるものは、必ず何か別のものとの関わりがあり、それらの関係性や問題が起きる構造を明らかにしながら本質を考える思考法がシステムシンキングです。
私がある仕事で失敗をしたとします。
この原因を分析するために、失敗や私自身にのみフォーカスした場合、
私が持つ仕事のスキルや、失敗した仕事の難易度について考えます。
しかし、システムシンキングで考えた場合は、私が担当している仕事全体の状況、私が属しているチームの状態、仕事の始まりから終わりまでの手順など、より広い視野で全体をとらえ、その中で原因となるものを分析し、最も効果的な対処法を考えます。
仮に、私が仕事を失敗した原因が、別の仕事が急に忙しくなり、そちらに気を取られてしまったせいで、仕事への注意が散漫になってしまったためだとします。
この場合、いくら私のスキルや経験、仕事の難易度を突き詰めても、この原因には辿り着けません
この他にも、
・チーム内で急遽お休みになった人がいたために仕事の連絡が滞る状態だった
・仕事の手順書で記載されていない部分があり、誰もが間違えやすい状態だった
など、スキルや仕事そのものの難易度とは直接関係ないものがミスの要因になることは十分ありえます。
そして原因がわからなければ、適切な対策をとることもできずに、また同じ失敗を繰り返してしまうかもしれません。
システムシンキングのやり方 〜全体像をとらえる4つのアプローチ〜
システムシンキングでは全体像をとらえながら考えると述べましたが、どうすればその全体像がとらえられるのでしょうか?システムシンキング実践のために必要な考察対象への4つのアプローチを解説します。
システムシンキングのやり方 その1:関連する事実を集める
「氷山の一角」という言葉があります。見えている事実は全体像のほんの一部であり、まだ見えてない事実がたくさんあるという意味です。
システムシンキングでも、見えている部分だけで考えるのではなく、それに関連する事実を集めることから始めます。
ここでポイントとなるのは、実際に起きている出来事のみで関係性を整理することです。
たとえば、最近になって自社商品の売り上げが落ちたという問題があったとします。この事実だけを見れば、原因はその商品の人気が落ちたのかと思えそうですが、他の事実も含めて整理していくと、売り上げが落ちた月は商品の生産数自体が少なかったとか、競合他社が大々的なキャンペーンを行なっており一時的に固定客が他社商品に流れていたという事実が判明し、商品の人気とは関係ない要因が見つかるかもしれません。
システムシンキングのやり方 その2:これまでを振り返る
何か問題が起きた際、その時点だけを考えるのではなく、これまではどうだったかを
振り返ります。たとえば、過去にも同様の問題があったのか?同じ問題は無かったとしても、その原因となるような現象は無かったのか?などです。
実際の仕事では、みんなが考えながら真面目にやっていれば、いきなり大きな問題が起きることは早々ありません。ですが、ちょっとした不注意や、後回しにしていたことが、いくつも積み重なって大きな問題に発展することがあります。
ある日、発注先の会社から凄い剣幕でのクレームが来た。話を聞きに行ってみると、実をいうともっと前から不満は都度感じていたがそれを我慢していた。今回をきっかけに今までのものが一気に爆発した。このような話はよくあります。
システムシンキングのやり方 その3:問題が発生するまでのメカニズムをとらえる
周囲の事実を集め、これまでを振り返ることができれば、その問題や事柄がどのようなメカニズムで発生しているのかが見えてきます。
その問題が起きた発端は何で、どういった流れを経て、問題にまで発展したのか、そのメカニズムがわかってきます。
システムシンキングではこのメカニズムを書き出して、何が何に対してどう影響しているのかを整理します。
そしてこういった問題のメカニズムが見えてくると、それと同時に問題への対処が不十分だったことにも気付かされます。
たとえば、チーム内で仕事の手順を間違えるミスが連続して起きたとします。
原因は個人の不注意によるものと考え、チーム内で注意の徹底を呼びかけます。呼びかけが効いている間は、緊張感も高まってミスが起きなくなります。しかし、ミスがなくなることで自分たちは出来ると思い込み、緊張感が無くなっていくと、また以前と同じミスが起きるようになります。
システムシンキングではこれを「ループ」という言葉で表します。
このループが描ければ、注意の徹底は根本の解決にならず、見方によっては次のミスをつくる遠因になっていることに気付かされます。
そして、本来、実施すべき対策として、緊張感が緩んだとしてもミスが起きないような手順を考えるか、ミスがなくても常に緊張感が続くような状態をつくるという策が考えられるようになります。
【システムシンキングにある2つのループ】
このループには大きく2種類あります。
ひとつは拡張ループと呼び、そのループが繰り返されていくことで、事態がもっと大きくなったり、問題が深刻になっていくものです。
もうひとつは平衡ループと呼ばれ、繰り返されることで一定の状態を保っているものです。
たとえば、私たちは生活をするために働いてお金を稼ぎます。働けば働くほど、趣味やストレス発散に回す時間がなくなります。趣味やストレス発散をする機会がなければ、お金を使うこともないので貯金がどんどん増えてきます。貯金が増えると、それがまたモチベーションとなってもっと働くようになります。これが拡張ループです。
片や仕事のストレスをちゃんと発散したい人、仕事と趣味を両立させたい人は、仕事を一旦止めてでも、そのために時間とお金を使います。その結果、稼いだお金が減ってしまうので、また働いてお金を稼ぎます。この一定のサイクルが出来上がっている状態が平衡ループです。
・拡張ループ:
働く → お金を使う時間がなく貯金が貯まる → 貯金が増えて嬉しい → もっと働く
・平衡ループ:
働く→ 仕事のストレスを発散したい → ストレス発散でお金を使う → また働く
仕事や組織の中にも、このループがいくつもあります。
何か大きな問題が発生した時は、悪い状態がさらに悪い状況を作り出してしまうような、急激な拡張ループが起きている可能性があります。
また改善策をおこなったにも関わらず、効果が出ない時はどこかで元の状態に戻ってしまうような平衡ループに陥っている場合があります。
システムシンキングのやり方 その4:考え方を明らかにする
システムシンキングでは、そこに関係する人たちの考え方も重要視します。
なぜならその人の考え方や価値観によって、ものごとの良し悪しを判断する基準や優先順位が大きく異なるからです。たとえば、スピードを重要視して仕事をする人と、正確さを重要視して仕事をする人では、同じ仕事をしても手順が全然違うことがあります。
また経験の違いなどによっても、これは明らかにダメなやり方だとわかっている人と、それが正しいやり方だと思い込んでいる人がいます。
そういった価値観や認識が異なる人たちのグループで、問題と対処法を共有したとしても、一人ひとりの考え方の違いから、微妙なところで食い違いが起き、思ったような成果にならない事もありえます。仕事、働き方、会社での人間関係など、とらえるものの抽象度が大きくなればなるほど、価値観はずれていくので注意が必要です。
システムシンキングの使いどころ 〜少ない労力で最大の効果を発揮する〜
問題やものごとに対して、関連する事実や、時間の経過、そのもののメカニズム、そして関わる人の価値観と、より全体像をとらえながら考えるシステムシンキングは、仕事のさまざまな場面で使えます。
たとえば、改善の取り組みをおこなっているにも関わらず効果が出ていないもの、
いつも3日坊主で継続できないもの、こういったものについては、システムシンキングで
より大きな視点で考えることで、最適な方法が見つかるかもしれません。
ひとつシステムシンキングの活用どころとして、代表的なものをあげるならば、それは提案書です。
提案書では、現状や問題点について、その本質や根本原因が何か?そして現状に適した対策が何かを明示する必要があります。
また、決定に経営判断を伴うようなより大きな提案では、問題が解決すれば何でも良いということではなく、少ない労力で最大の効果が発揮できる対策が求められます。
これをシステムシンキングでは「レバレッジを効かせる」と言います。
これはテコの原理という意味であり、小さい力で大きな物を持ち上げるように、本当に効果が出る対策をシステムシンキングで考え、それをそのまま提案書に表すことができれば、提案内容だけでなく、提案書自体もわかりやすいという高評価が得られます。
システムシンキング研修事例紹介
ここからは、弊社で実際に実施したシステムシンキング研修の事例をご紹介します。
ワーク課題も含めた1日間の研修事例です。
【研修事例】
テーマ:システムシンキング
ねらい:仕事で起きる問題やさまざまな事柄に対して、そのものの全体像をとらえ、より確実で効果的な対策を考える方法を身につける
内容:
①オリエンテーション
システムシンキングは学習して終わりではなく、実際に使えなくては意味がないスキルであることを理解していただき、今回の研修をとおして実際の仕事でどこまで使える状態になるかを、研修の冒頭に受講者と握ります。
②システムシンキングの概要
システムシンキングの概要ついて説明します。
また、全体像をとらえて考えるシステムシンキングと、
考察対象をより掘り下げていくロジカルシンキングの違いを理解し、
それぞれの思考法がどういった場面で有効かを解説します。
これにより受講者が実際の仕事で使うイメージを持てるようにします。
③個人ワーク&全体討議 その1
例題から、そこで起きている事象の洗い出し、因果関係ループ図を作成する個人ワークをおこないます。
その後、ワークの結果を発表してもらい、その内容について全体で討議をします。
他の人の発表を聞き、そこから全体討議を行うことで、自分の考察に何が不足していたかがより明確になります。また自分自身の考え方の傾向などもわかるようになります。
④個人ワーク&全体討議 その2
テーマを変えて、また事象の洗い出し、因果関係ループの作成、全体討議の一連をおこないます。その前におこなったワークで自分に不足している視点や、考えの傾向がわかっているので、よりブラッシュアップされたシステムシンキングができるようになっています。
別のテーマでもシステムシンキングが出来ることで、このやり方が実際の仕事でもそのまま活用できることを体感できるワークとなっています。
弊社では、個社ごとに完全オーダーメイドで研修をご提案しております。
パートナーとして協力いただいている外部トレーナーが400名以上おり、
個社ごとに合った研修をプロデュースしております。
システムシンキング研修のバリエーションも豊富です。
本記事を参考に、是非自社の目的や課題に合った研修を実施してみてはいかがでしょうか。